三国志漂流

すべての「三国志」にLOVE&RESPECTが大前提。さらに自分の価値観や解釈でどこまで切り込んでいけるか…のんびりと「新しき三国志の道と光」を模索するBLOGです。

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あだなシリーズ5~高順~ 

「高順??誰、それ?高田順次?」というかた、いらっしゃいますか?
漢字、間違えてますよ。
高順は「武」の頂点に君臨する呂布率いる軍団の中でも、とくに際立つ武勇を誇った武将です。
攻撃した相手を必ず打ち破った、ということからついたあだなは…
ズバリ「陥陣営」!
カッチョエェ!!
こんなカッチョイイあだなは、そうそうないですよ。
現代なら、狙った異性は必ず口説き落とすあの人とかのあだなに、ピッタリ。
高順自身の戦歴を調べてみると、『正史』には記述がとても少ないのですが…
★198年、沛城に籠もる劉備を猛攻して落城させます。落城後、劉備は単身での逃亡を強いられました。
★同時期、劉備を救援に来た夏侯惇をも鎧袖一触。
高順自身の敗戦の記録は、『正史』にはありません。
あだなに違わずまさに負け知らずで、呂布軍での実績は群を抜いていたようです。
しかも、高順は戦争に強いだけでの武将ではありません。
人間としての資質も、そうとうなものだったようです。
酒は飲まない!贈物は一切受け取らない!という、まさに清廉潔白そのものの人格者。
また、呂布への諫言も物怖じすることなく口にします。
「もうちょっと頭使えよ!ばかちん」といった感じの諫言だったようですが、まさに呂布のためを思った忠義のあらわれですね。
さらに、疑心暗鬼に陥った呂布に疎んじられるようになっても恨みがましいことを一言も発せず、呂布軍麾下としての忠勇を存分に示し続けました。
しかし武将の鑑のような高順も、呂布に寄り添うように同じ末路を辿ることになります。
『後漢書』には、呂布軍の軍師・陳宮とともに、裏切り者の魏続や侯成らに捕縛され、曹操に突き出される…という記述があります。
裏切り者が降伏の手土産に選んだということは、高順が呂布軍における「要」だったことを物語っています。
そして捕縛された高順は曹操の前で一言の弁明もせず、粛々と処刑されます。
『三国志』前半、「武」の時代を吹き抜けた一陣の爽やかな風…それが高順でした。

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[ 2004/06/05 22:01 ] 01:あだなシリーズ | TB(0) | CM(0)

あだなシリーズ4~典韋~ 

今回は、魏の猛将・典韋のあだ名です。
『蒼天航路』では角が生えちゃっている、あの典韋です。
部下の目の前で、う○ちをバケツにしていた、あの典韋です。
典韋のあだ名は、『演義』にて見出すことができます。
人呼んで、「悪来」典韋。
あだ名がついた経緯は、曹操との初対面時のエピソードに遡ります。
夏侯惇が曹操に新参の典韋をお披露目している最中、曹操本陣の大旗が、突風のため倒れそうになりました。
大旗は数人の兵士でも支えきれない、とてつもなく重いもの。
物語の前半で、しかもつまんない理由で、曹操いきなり絶体絶命のピンチ!
そんなとき、典韋はたったひとりで大旗の竿をガッシリと掴まえ、仁王立ちのままピクリともしませんでした。
威風堂々!
前代未聞の典韋の怪力っぷりに、「これぞ古の悪来(あくらい)の再来じゃ!」と曹操は大喜び。
これ以後、典韋は「悪来」の異名で知られるようになり、また曹操の本陣付きの将として抜擢されました。
…ところで、あだ名の由来となった「悪来」とは、何者でしょう?
悪来は、「殷周革命」(紀元前1046年)の頃の人物です。
三国時代を遡ること、約1200年前の人物です。
この曹操の時間感覚、例えっぷりは、はっきり言って異常です。
ためしに曹操の時間感覚を、現代人の立場で置き換えてみると
「あいつの強さってば、ハンパない。『坂上田村麻呂』の生まれ変わりじゃねぇ!?」
と、例えるに等しいです。
他にも例えるべき人物がいるだろうに…。
夏侯惇や典韋にとっては、そんな大昔の「悪来」とか言われても
「はぁ?」
って感じだったに違いありません。
…まぁ、それはそれとして、「悪来」は殷朝最後の王である紂王に仕えた人物で、『史記』「秦本紀第五」には…
「悪来は力が強く、…これらの技能で殷の紂王につかえた。周の武王が紂王を伐った時、悪来も同時に殺された。」
…との記述があります。
滅亡した王朝に仕え、しかも殺されたとは…いくら怪力無双といっても、あだ名の由来としてはあんまり縁起がよいとは思えないですが…まぁ、本人が気に入ったんならイイです。
※ちなみに、「悪来」は秦の始皇帝に連なる家系に属します。ほぼ先祖です。
曹操陣営に参加した後、典韋は、曹操の傍らで対呂布戦を中心に大活躍。
曹操は、典韋のおかげで何度も危機から救われています。
しかし、典韋には早すぎる天命の訪れが…。
宛城での、張繍による不意打ちです。
降伏した張繍の根城・宛城に駐屯していた曹操が、突然寝込みを襲われます。
不覚にも酔いつぶれていた典韋は急を知って、群がる敵兵を斬りまくるは、殴り殺すは…獅子奮迅の戦い。
しかし、最後は絶叫とともに命果てることとなり、昇天…死んだあとも敵兵は近づくことすらできなかったといいます。
『演義』全120回のうち第16回目で物語の舞台から突然降りることとなる、「悪来」典韋。
その怪力と威風堂々とした存在感の強烈さによって、早すぎる死も吹き飛ばすくらいの強い印象を私たちに与えてくれている、稀有な武将ですね。

[ 2004/06/01 23:17 ] 01:あだなシリーズ | TB(0) | CM(0)

あだなシリーズ3~賊の頭目たち~ 

前回に続き、「賊」のお話をもう少し。
「賊」の種類を数えあげたことがないので実数は不明ですが…『正史』にはホントに多くの「賊」が登場します。
前回の「黒山の賊」や、歴史の教科書にも出てくる「黄巾賊」、長江や黄河などに巣食う「河賊」etc.…大小様々多種多様。
そんな「賊」たちは必ず頭目(親分)を戴き、頭目の元で手をつけられないほどヤンチャし放題でした。
今回はこの「頭目」に、注目。
頭目の名前が、面白いんです。
頭目といっても、元は出自素性の全く知れない市井のワルモノ。
勝手気ままに「あだ名」をつけて、誇称していたのです。
…そういえば、私の友だちにもいました。
本名は「今村」のはずなのに「アイリス」、「江口」のはずが「ロンサム」とそれぞれ名乗って、自慢のバイクや原付に跨っていた奴等が…。
それはそうと、例えば「黒山の賊」頭目・張燕の別名は「張飛燕」。
スッゴクすばしっこかったから、「飛燕」だそうです。
他にも、目がメチャクチャデカかったから「李大目」(袁紹により撃破され行方不明)。
左アゴの髭(ヒゲ)がやけに長くて目立ったから「左髭丈八」(袁紹により斬殺)…などなど。
無辜の民にとっては迷惑千万だったに違いない賊どもの、何だか愛らしい一面も見えてきませんか?

[ 2004/04/11 20:57 ] 01:あだなシリーズ | TB(0) | CM(0)

あだなシリーズ2~馬良~ 

三国志の中でも、かなり有名ですね。
「馬氏の五常、白眉最もよし」の「白眉」こそ、誰あろう馬良、その人のあだなです。
由来は、以下の通り。
…三国時代、荊州馬氏に5人の兄弟があって、その5人ともがとってもよく出来た子でした。
5人の兄弟はみんな字に「常」がついていたので、馬氏を知る人々から「馬氏の五常」と称されていました。
「泣いて馬謖を斬る」で後世に名を残した馬謖(幼常)も、この5人兄弟のひとりです。
そんな5人兄弟の中でも、馬良(季常)がもっとも将来を嘱望された人物でした。
その馬良は、眉毛の中に白い毛が混じっていたので「白眉」と呼ばれた…ということです。
…ちなみに、なんで5人兄弟中馬良だけが「眉毛の中に白い毛」が混じっていたのか?
原因は明確にはわかりませんが、「白髪」の原因から考えてみるのも手かもしれません。
白髪の原因には
■遺伝
■加齢
■生活環境
■病気(慢性の胃腸疾患、マラリア、貧血症、甲状腺疾患などの影響)
■ストレス
などがあげられるそうです。
「兄弟でひとりだけ」「若い頃から」ってところに注目すると、「白眉」の原因は「病気」か「ストレス」ですね。
『正史』には、馬良が若い頃に苦学したなどとの記述がないので、ストレスも考えにくいから…多分病気でしょう。
しかも「若い頃から」も踏まえると、マラリアか貧血症あたりじゃないでしょうか?
あんまり朝とか強そうじゃない馬良の姿が見えてきましたね。
…「白眉」自体の考察はこの辺にして、馬良自身の経歴を見てみます。
実際、彼は36歳の若さで戦死するまで、「左将軍掾」(「左将軍」は劉備のことなので、劉備の秘書官的な存在でしょうか?)→「侍中」(帝位についた劉備の政権における秘書長)と重職を歴任し、主に劉備の側近として出世の階段を登っていきました。
さらに、外においても力量の片鱗を見せます。
東征に赴く際に異民族を説き伏せ、貴重な戦力を獲得することに成功したのです。
しかし、蜀政権で順調に出世を続ける馬良は、夷陵の戦いにおいて大混乱の最中に戦死してしまいます。
「これから」ってときに…「白眉」の本領を発揮する前に死んでしまったことは、本当に悔やまれます。
…そして、馬良が死んでから約1800年後、日本でも「白眉」が世間を騒がせました。
村山富市です。
悪い方向へ日本の舵を取った人物のひとりこそ村山富市である…と私は思っているので、このコトバを送ります。
「村山氏の11人きょうだい、白眉最もたち悪し」


[ 2004/01/25 22:36 ] 01:あだなシリーズ | TB(0) | CM(0)

あだなシリーズ1~許褚~ 

新年だし、何か新しいことをしようかなぁと思い、「あだなシリーズ」とか作らせてもらいます。
記念すべき第1回は、許褚です。
のあだなといえば、「虎痴」ですね。
「虎痴」ってどういう意味かというと、「『』のような怪力をもっているけど、いつもはボーッとしている(『痴』)」という意味だそうです。
何だか愛くるしいあだなですね。
私のイメージでは、「許褚=武蔵丸」です。
長身(両者とも約190cm超)でデブ(許褚の腰周り約120cm。これは武蔵丸が圧勝?)、さらに怪力無双(叛乱を計画した者を打ち殺すほど)だけど、ボーッとした感じがソックリじゃないですか?
体格(身長200cm、腰周り115cm)と怪力具合だけならボブ・サップの方が許褚に近いかもしれませんが、ボーッとしてないから…ボブ・サップは。
…ちなみに、何で「許褚=曙」じゃないんだ?と疑問な人も100人に1人くらいいるかと思います。
それは、曙がボブ・サップとのグダグダな闘いの末、みっともなく敗れたからです。
曙ダウ~ン!のときの、あの脂肪の揺れを、私は反面教師として生きていきます。


[ 2004/01/02 23:35 ] 01:あだなシリーズ | TB(0) | CM(0)
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