三国志漂流

すべての「三国志」にLOVE&RESPECTが大前提。さらに自分の価値観や解釈でどこまで切り込んでいけるか…のんびりと「新しき三国志の道と光」を模索するBLOGです。

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「障がい者」の三国志-後編- 

晩上好!
さて、後編です。
前回は魏の艾を取り上げましたが、今回は杜微留賛といった人物を取り上げます。

☆★杜微★☆
老齢ながら、その徳望の高さから、諸葛亮が手を尽くして抜擢したの人物です。
彼は、劉璋が益州一帯を治めていた時代に招聘を受けて一時仕官をしていましたが、病気を理由に下野。
以後、常に「聾」と称して門に鎖をし、入した劉備の招聘にも応えないままでいました。
彼は、何らかの原因により後天的に聴覚に「障がい」(=聾)をもつようになったと考えられます。
しかし、彼が「聴覚障がい」を理由に外界との接触を絶とうとも、徳望は滲み出るように外へ流れ、人を惹きつけ続けます。
そんな彼に惹きつけられたひとりが、劉備亡き後、疲弊した国力の回復に心血を注ぐ諸葛亮でした。
諸葛亮杜微に接見し、耳の聞こえない彼に対して文書により懇々と口説きます。
そしてついに、彼を「諌議大夫」という、常務のない名誉職に任命しました。
「名声」が政治動向を大きく左右する時代に、諸葛亮は、杜微の近隣に鳴り響く徳望を懐に収めることができたのです。

☆★留賛★☆
の益荒男(ますらお)、磊落豪宕(らいらくごうとう)な歌う武人。
若くして役人となった彼は、黄巾賊と戦い、その首領を斬った際に自らも片足を負傷。
以後、後遺症により足がまっすぐに伸びなくなってしまいます。
不自由な足にいらだつ彼は、なんと足の筋を自ら刀で切断!
出血多量で一時意識を失うも、回復し、足をひきずりながら歩けるまでになりました…壮絶。
そんな「武勇伝」を耳にした凌統が推薦者となり、孫権に仕えるようになります。
彼には、独特の戦争の美学がありました。
戦いに臨んで彼はまず髪を振り乱し天に叫び、続いて大声で歌をうたい、留賛の歌声に将兵が和して大合唱となって後、敵と交戦し、必ず敵を打ち破ったといいます。
歯に衣着せぬ直言で孫権に煙たがられながらも、着実に戦功を積み、「左将軍」という結構イイ感じの官職まで昇進します。
しかし、そんな彼も寄る年波には勝てず、255年、73歳で乱戦の中で戦死を遂げます。
戦死に至る情景も、彼らしさに満ちています。
魏の寿春遠征の途上、留賛は重篤な病に罹り、輜重隊を率いて帰還することとなります。
しかし、魏の一軍が帰還する留賛の輜重隊を捕捉し、痛撃します。
病のため満足に軍頭指揮ができず、兵の質量でも劣る留賛は、敗北を覚悟。
「ワシと一緒におっ死んでも、何の得にもならん。敵を喜ばせるだけじゃ!」と嫌がる若者を無理矢理去らせて、被害を最小限に抑えようとします。
そして、「ワシが戦うときは、いつも決まったやり方があったが、こんな様になってしまった…これも運命なんじゃろう」と言い残し、従容と死に赴きました。
戦いに生き、戦いに死んだ…ひとりのあらぶる武人の生き様が、そこにあります。

2回に亘って「障がい」をもつ人物を取り上げました。
彼らの人物像は、それぞれがもつ「障がい」によって輝きを増しています。
同時代人、そして現代に生きる私たちが魅了されるのは、つまるところ、その人の生き様なんだと思います。
人それぞれが、それぞれの境遇の中で精一杯生きることで、輝ける…調べて書いて、そんなことを改めて思いました。
何か、明日からもがんばろうっと。
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「障がい者」の三国志-前編- 

4年に1度の「スポーツのお祭り」オリンピックが終わって約1週間…
熱闘な甲子園の時期と重なったこともあって、とくに熱心にオリンピックを見たというわけではないのですが、女子柔道、女子レスリング、女子ソフトetc.「女子」ばっかりが思い返される気がします。
でも、「オリンピック」は、まだ終わっていませんね。
もうひとつの「オリンピック」であるパラリンピックが、2008/9/6-9/17の日程で開催されますよ。
報道量はオリンピックに比べてグッと落ちるでしょうが、身体に「障がい」を持ちながらも精一杯競技を行う選手の方々に、日本からエールを送りたいです。

今回と次回は、北京パラリンピック開催を記念して、身体に何らかの「障がい」をもちつつも、混乱の時代に輝きを放った人物から3人をピックアップして改めて光を当てたく思います。

☆★艾★☆
で農政、軍事に亘り抜群の才能を見せつけた傑物のひとりです。
の皇帝・劉禅を降伏させ、を滅亡させた人物でもあります。
そんな彼は、言語障がいの一種である「吃音症」だったといわれています。
吃音の症状は若い頃から出ており、昇進の妨げとなったこともありました。
しかし、彼には自身の「障がい」をものともしない機知や才能があったのです。
こんなエピソードがあります。

艾はどもるたちで、話すときに「艾は、艾は…」と言うのであった。晋の文王(司馬昭)がからかって言った。
「きみは、『艾は、艾は…』と言うが、いったい何人の艾がいるのかね。」
艾は答えた。
「<鳳ヤ、鳳ヤ>と言っても、もともと一羽の鳳凰ではありませんか。」
(『世説新語』言語第二)
艾は、ときの権力者・司馬昭から吃音によりからかわれます。
しかし、『論語』を引用して、アドリブで即座に切り返す艾
その切り返し方が、彼の知性や気宇壮大なさまを示してもいます。
<鳳ヤ、鳳ヤ>の「鳳」とは、引用元(『論語』微子篇)の文意においては「孔子」を指しています。
つまり、ただ単に「私(艾)は、ひとりですよ」と切り返すだけでなく、自分を暗に「孔子」のような鳳凰に比すべき大人物になぞらえているのです。

艾の「障がい」を超克する豊かな才能、魅力は、時代を超えて語り継がれています。
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