現在日朝問題最大の焦点のひとつとなっている拉致問題…三国時代にも、拉致事件がアッチコッチで頻発していました。
蛮族と呼ばれていた周辺少数民族を自国に強制移住させることが、魏呉蜀いずれの国でも恒常的に行なわれていました。
その中でも最も大規模に行なわれた拉致が、呉皇帝・孫権主導による台湾・沖縄への「人狩り」です。
1万人に及ぶ武装兵を船でドンブラコと派遣し、数千人の現地人を拉致するという、驚天動地の暴挙。
ただし、どうも沖縄へは到達できなかったようで、拉致されたのはすべて台湾人だったようです。
大規模拉致の背景には、呉が抱える人口減少問題がありました。
三国の拮抗状態と魏の政治改革の成果により中原が安定し、長江流域に流れていた民が再び中原に流出していくことで起こる問題。
歯止めがかからない人口流出に対し、呉は現ベトナム・ハノイ周辺の半独立勢力だった士政権の直轄化などとともに、上述した大規模拉致も行なっていたというわけです。
怖いですね…まったく。