三国志漂流

すべての「三国志」にLOVE&RESPECTが大前提。さらに自分の価値観や解釈でどこまで切り込んでいけるか…のんびりと「新しき三国志の道と光」を模索するBLOGです。

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屁理屈皇帝・孫休のいやがらせ 

孫呉3代目皇帝・景帝こと孫休、字を子烈。
彼は、とっても理屈っぽい学者肌の皇帝だったようです。
政治・軍事を寵臣の張布と濮陽興に任せてしまって、本人は古書、文献を読み漁る毎日。
三度の飯より、読書(ときどき雉狩り)。
古今東西の書物に通じているだけあって頭は良かったようだし、知識も深く、発する言葉も理路整然としているのですが…頭でっかちの屁理屈小僧なイメージが漂っています。
その屁理屈皇帝・孫休の子どもに対する名づけ方が、ホント迷惑なんです。
なぜ迷惑かというと…子どもの名前に使っている漢字ってば、辞書に全然載っていないから。
表記できない漢字ばっかり…モノ書き泣かせな皇帝です。
孫休の子どもの名前を列挙すると

姓-名-字(あざな)
孫 ワン 莔 <長男>
孫 コウ ケン <次男>
孫 モウ キョ <三男>
孫 ホウ ヨウ <四男>

姓の「孫」と孫ワンの字以外は、名も字も漢字で表記できません。
PCの辞書にも記載がないし、日本や中国の辞書にも記載がないと思います…多分。
勿論、屁理屈臭い彼なりの理由はあります。
★曰く「最近、よい名、よい字を競ってつける風潮があるようだ。しかし、朕は常々その風潮を笑っている。なぜなら、立派な名、字に実際の行いがそぐわないからである」
★曰く「最近、二字名が流行っているようだが、やはり朕はその風潮も一笑にふすものである。なぜなら、昔は一字名が中心だったからである」
★曰く「子どもの命名には、ことさらに古い文字を選び、かつ組み合わせて作った独自の文字を使用した。なぜなら、礼の定めでは、他人とかぶらない名を選ぶように求めており、朕の子どもの名を他人がカンタンに避けられるようにしたかったからである」
…いちいち理屈臭いでしょう?
この理屈臭さには、『正史』に注を付けた裴松之ですらツッコミを入れています。
「…そんなに言うなら、名なんかつけなくていいじゃん」と。
あと、最後に「表記できないほどの漢字って、どんなのよ?」と、気になって夜も眠れないかたのために一応パワポで作字したものを用意したので、そちらで確認してください。

**********************
ちなみに、「中国人の名前(姓、名、字)」は、なかなか奥が深いです。
以下のサイトでの説明はわかりやすいので、コチラで「中国人の名前」についての理解を深めてみてください。
中国の歴史人物の呼び名について




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[ 2004/06/20 08:28 ] その他雑談 | TB(0) | CM(0)

関羽が人妻に横恋慕!~後日談前編・秦宜禄~ 

儚く破れた、関羽の人妻・杜氏に対する恋心。
この関羽のスキャンダルには、関わった人々の後日談が用意されていました。
それを、3回に分けてご紹介。
まずは、事件の発端を作った杜氏の夫・秦宜禄。
彼は、このスキャンダルを理由に、関羽の義弟・張飛から殺害されてしまいます…可哀想に。
いきさつは、以下の通り。
秦宜禄は、下邳陥落後に袁術の元より帰還。
主・呂布亡き後、そのまま敵将・曹操に帰順し、一地方都市の市長に任ぜられます。
新妻との慎ましやかな新婚生活スタート…と思いきや、幸せな日々はそう長くは続きませんでした。
200年、一旦帰順したかのように見えた劉備が、曹操から独立宣言
そして即曹操に敗れた劉備は、またもや逃亡。
劉備に付き従っていた義弟・張飛は、逃亡の途上で秦宜禄の元に立ち寄ります。
おそらく劉備と呂布が親密だった折に、顔見知りになっていたのでしょう。
立ち寄った張飛は、いきなり秦宜禄に向かって
「貴様の妻(杜氏)を奪い取ったのは、誰だ?そう、曹操だよなぁ。なのに、妻を奪った張本人の元でせっせと働いているとは…貴様は、なんて愚かなんだ!ち○ち○付いてんのか?あ?秦宜禄、オレに付いてこい!」
と、わめき散らしました。
張飛のほぼ恐喝に近いラヴ・コールに、秦宜禄は泣く泣く従うことしかできませんでした。
袁術に勧められれば新妻を娶るし、曹操に杜氏を奪われても文句言えないし、張飛に脅されたら従うし…どうも秦宜禄という男はキモが小さいというか、流されやすいというか、意志が弱いというか…あんまり好人物ではなかったようですね。
いきさつはどうあれ、気が進まないうちに張飛に従うことになった秦宜禄。
しかし、数里進むうちにやっぱり後悔の念が強くなり、結局
「張飛殿、ボク、やっぱりおうちに帰りたいんですけどぉ…」
と、精一杯の勇気を振り絞って張飛に願い出てみました。
張飛、大・激・怒。
今は敵となった曹操の元に、わざわざ秦宜禄を戻せるはずがありません。
ということで、その場で躊躇なく秦宜禄を殺してしまいました。
強者に流されることを唯一の処世術とした男の、あっけない最期でした…南無。
「人間なら理念や理想をもって生きよ!」ってことでしょうか?

[ 2004/06/13 08:33 ] トリビア三国志 | TB(0) | CM(0)

【スクープ】関羽が人妻に横恋慕! 

【下邳=198年12月】
堂々とした体躯に美髯を蓄えたスタイルで大人気の関羽(推定35)に、初のスキャンダル
お相手がなんと「人妻」との情報に、関係者は2重のショックだ。
お相手の人妻は、呂布軍団に所属している秦宜禄の妻・杜氏さん(年齢不詳)。
きっかけは、これまた珍しい秦宜禄の「重婚騒動」。
198年、居城である下邳を曹操(42)に包囲された呂布は、袁術に救援を申し入れるために配下の秦宜禄を使者に立てた。
主君・呂布の生死を握っているに等しかった秦宜禄。
なのに、袁術の元に至った秦宜禄は、何を考えたのか袁術から皇族の娘を勧められ、ついに結婚してしまったのである。
夫・秦宜禄の「2重結婚」によって前妻(?)となってしまった杜氏さんは、そのまま下邳で一人ぽっち。
これを聞いてすぐさま動いたのが、誰あろう関羽その人。
密かに抱いていた道ならぬ恋心に、火がつき、炎となり、関羽の心身を燃え滾らせた。
関羽は、包囲軍の総大将である曹操に対して
「今、呂布は秦宜禄を使者として援助を求めに行かせております。秦宜禄は、袁術の元で新妻をあてがわれたとのこと。私は彼の前妻・杜氏を娶りたいと存じます!」
と、一度だけでなく何度も願い出た。
曹操に要請するその執拗さは、並大抵のものではなかったようだ。
鬼気迫る関羽に対して、一度は申し出を許可した曹操。
しかし、曹操は稀代の女たらし
下邳落城後、「杜氏とは、そんなに美しい女性なのか?」と気になり、関羽よりも先に使者を送って杜氏を迎え入れ拝顔するや、そのまま彼女を手許に置いてしまった。
さすがの関羽も曹操に対して抗議するわけにもいかず、泣き寝入り
関羽一世一代の大恋愛は、大失恋で幕を閉じた…。

[ 2004/06/10 23:54 ] トリビア三国志 | TB(0) | CM(1)

呂布軍団の人材問題 

『三国志』前半、その勇猛さと強烈な「武」によって中原に大混乱を巻き起こした呂布。
彼が滅亡すべきして滅亡した原因を、呂布一個人ではなく呂布軍団に集った人材から眺めてみます。
『正史』に記載のある呂布麾下の文官・武官(もしくは麾下に近い協力者)は、大体以下の通り。

┏━━┓
┫文官┣━━━━━━━━━━━━━━━━
┗━━┛
陳宮、袁渙、許汜、王楷、秦宜禄
【スパイ】
陳珪、陳登
【仕官拒否】
陳紀、陳羣、張紘
┏━━┓
┫武官┣━━━━━━━━━━━━━━━━
┗━━┛
張遼、高順、薛蘭、李封、成廉、魏越、曹性、劉何、張邈、張超、臧洪、臧覇、孫観
【謀叛】
郝萌、魏続、侯成、宋憲

ザーッと眺めて分かることは…
1.数的に武官>文官というアンバランスな構造になっています。文官の少なさは絶望的で、しかも陳宮以外は事務方もしくは外交に従事する文官、あるいはB級文官しかいなかった模様。つまり、軍事、民政に関するすべては陳宮の双肩にかかっている状態でした。
2.さらに、呂布軍団に対する文官の求心力が驚くほど低いことも分かります。ただでさえ文官の数が少ないのに、求めては拒否されるは、スパイまで潜り込んでいるはの状態ですから!…残念!
3.武官は文官よりも充実しています。張遼、高順、臧洪、臧覇といったA級クラスの武将も属していました。ただ、呂布が彼ら有能な武将の諫言、忠言に耳を貸さなかったということが問題でした。
…人材面から見ると、文官の欠乏と求心力の低さが呂布軍団にとって致命的だったと言えます。
勿論呂布自身、文官の欠乏状況に危惧は抱いていたようで、A級クラスの文官を求める姿勢は示していました。が、求められた文官はそれに応じることはありませんでした。
最終的には、呂布個人の魅力に集約されるのかもしれませんが、充実の「武」を支える「知」の集団なくして呂布の滅亡を回避する術はなかったということですね。

[ 2004/06/08 00:42 ] その他雑談 | TB(0) | CM(0)

あだなシリーズ5~高順~ 

「高順??誰、それ?高田順次?」というかた、いらっしゃいますか?
漢字、間違えてますよ。
高順は「武」の頂点に君臨する呂布率いる軍団の中でも、とくに際立つ武勇を誇った武将です。
攻撃した相手を必ず打ち破った、ということからついたあだなは…
ズバリ「陥陣営」!
カッチョエェ!!
こんなカッチョイイあだなは、そうそうないですよ。
現代なら、狙った異性は必ず口説き落とすあの人とかのあだなに、ピッタリ。
高順自身の戦歴を調べてみると、『正史』には記述がとても少ないのですが…
★198年、沛城に籠もる劉備を猛攻して落城させます。落城後、劉備は単身での逃亡を強いられました。
★同時期、劉備を救援に来た夏侯惇をも鎧袖一触。
高順自身の敗戦の記録は、『正史』にはありません。
あだなに違わずまさに負け知らずで、呂布軍での実績は群を抜いていたようです。
しかも、高順は戦争に強いだけでの武将ではありません。
人間としての資質も、そうとうなものだったようです。
酒は飲まない!贈物は一切受け取らない!という、まさに清廉潔白そのものの人格者。
また、呂布への諫言も物怖じすることなく口にします。
「もうちょっと頭使えよ!ばかちん」といった感じの諫言だったようですが、まさに呂布のためを思った忠義のあらわれですね。
さらに、疑心暗鬼に陥った呂布に疎んじられるようになっても恨みがましいことを一言も発せず、呂布軍麾下としての忠勇を存分に示し続けました。
しかし武将の鑑のような高順も、呂布に寄り添うように同じ末路を辿ることになります。
『後漢書』には、呂布軍の軍師・陳宮とともに、裏切り者の魏続や侯成らに捕縛され、曹操に突き出される…という記述があります。
裏切り者が降伏の手土産に選んだということは、高順が呂布軍における「要」だったことを物語っています。
そして捕縛された高順は曹操の前で一言の弁明もせず、粛々と処刑されます。
『三国志』前半、「武」の時代を吹き抜けた一陣の爽やかな風…それが高順でした。

[ 2004/06/05 22:01 ] 01:あだなシリーズ | TB(0) | CM(0)

あだなシリーズ4~典韋~ 

今回は、魏の猛将・典韋のあだ名です。
『蒼天航路』では角が生えちゃっている、あの典韋です。
部下の目の前で、う○ちをバケツにしていた、あの典韋です。
典韋のあだ名は、『演義』にて見出すことができます。
人呼んで、「悪来」典韋。
あだ名がついた経緯は、曹操との初対面時のエピソードに遡ります。
夏侯惇が曹操に新参の典韋をお披露目している最中、曹操本陣の大旗が、突風のため倒れそうになりました。
大旗は数人の兵士でも支えきれない、とてつもなく重いもの。
物語の前半で、しかもつまんない理由で、曹操いきなり絶体絶命のピンチ!
そんなとき、典韋はたったひとりで大旗の竿をガッシリと掴まえ、仁王立ちのままピクリともしませんでした。
威風堂々!
前代未聞の典韋の怪力っぷりに、「これぞ古の悪来(あくらい)の再来じゃ!」と曹操は大喜び。
これ以後、典韋は「悪来」の異名で知られるようになり、また曹操の本陣付きの将として抜擢されました。
…ところで、あだ名の由来となった「悪来」とは、何者でしょう?
悪来は、「殷周革命」(紀元前1046年)の頃の人物です。
三国時代を遡ること、約1200年前の人物です。
この曹操の時間感覚、例えっぷりは、はっきり言って異常です。
ためしに曹操の時間感覚を、現代人の立場で置き換えてみると
「あいつの強さってば、ハンパない。『坂上田村麻呂』の生まれ変わりじゃねぇ!?」
と、例えるに等しいです。
他にも例えるべき人物がいるだろうに…。
夏侯惇や典韋にとっては、そんな大昔の「悪来」とか言われても
「はぁ?」
って感じだったに違いありません。
…まぁ、それはそれとして、「悪来」は殷朝最後の王である紂王に仕えた人物で、『史記』「秦本紀第五」には…
「悪来は力が強く、…これらの技能で殷の紂王につかえた。周の武王が紂王を伐った時、悪来も同時に殺された。」
…との記述があります。
滅亡した王朝に仕え、しかも殺されたとは…いくら怪力無双といっても、あだ名の由来としてはあんまり縁起がよいとは思えないですが…まぁ、本人が気に入ったんならイイです。
※ちなみに、「悪来」は秦の始皇帝に連なる家系に属します。ほぼ先祖です。
曹操陣営に参加した後、典韋は、曹操の傍らで対呂布戦を中心に大活躍。
曹操は、典韋のおかげで何度も危機から救われています。
しかし、典韋には早すぎる天命の訪れが…。
宛城での、張繍による不意打ちです。
降伏した張繍の根城・宛城に駐屯していた曹操が、突然寝込みを襲われます。
不覚にも酔いつぶれていた典韋は急を知って、群がる敵兵を斬りまくるは、殴り殺すは…獅子奮迅の戦い。
しかし、最後は絶叫とともに命果てることとなり、昇天…死んだあとも敵兵は近づくことすらできなかったといいます。
『演義』全120回のうち第16回目で物語の舞台から突然降りることとなる、「悪来」典韋。
その怪力と威風堂々とした存在感の強烈さによって、早すぎる死も吹き飛ばすくらいの強い印象を私たちに与えてくれている、稀有な武将ですね。

[ 2004/06/01 23:17 ] 01:あだなシリーズ | TB(0) | CM(0)
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