三国志漂流

すべての「三国志」にLOVE&RESPECTが大前提。さらに自分の価値観や解釈でどこまで切り込んでいけるか…のんびりと「新しき三国志の道と光」を模索するBLOGです。

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アニメ『蒼天航路』、本日深夜最終話 

ご無沙汰しています、今回は簡単な情報だけ。
一部の方のBLOGや日記でも既に書かれていますが…アニメ『蒼天航路』、もう最終話です。
本日、9/29(火)24:59~、最終話「心の闇」。
先週が「白馬津」で、関羽と顔良の一騎打ちとかだったので…随分はやい幕切れですね。
今までほとんど録画はしていながら観られていない身ですが、最終話と聞くとなんとなく観てみようかなぁという気がしています。
公式WEBサイトに「ストーリー」と題して

<前略>
曹操の幼年期からはじまり、曹操の死をもって終わる


との記述もあるのに、なんかあったんですかねぇ?それとも想定通り??
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[ 2009/09/29 07:04 ] その他雑談 | TB(0) | CM(4)

『三国志』宮城谷昌光著 2 

宮城谷『三国志』待望の第8巻が刊行されましたね。
三国志、とくに蜀ファンにとっては胸が締め付けられる想いで読まずにはいられない…そう、劉備3兄弟の死が描かれる巻なのです。
近くのTSUTAYAに出かけて購入。
どうにも気持ちが逸ってしまい、ポツポツ歩いて帰りながら真っ先に関羽の最後のシーンが描かれているページを探して、目を通しました。
今回はネタばれ含むので、以下「読むなら、読むな」ということでお願いします。

…熱い、胸が熱い!
関羽の最後って、なにゆえこんなにも人の心を捉えるんでしょう??

『蒼天航路』のときも、そう。
樊城下にて「関 雲長!」という曹仁の挑発に応じて、コマの奥の方から一歩一歩堂々と登場する胸打ち震えるシーン。
そして、そこからは一直線に死に向かっていき
「今われら兄弟の夢を不滅とする」
という台詞で、関羽の人生の幕は閉じます。

「関羽の死」に初めて立ち会ったのは、横山光輝『三国志』でした。
最初は信じませんでしたね、志半ばで関羽が死ぬなんて。
 呂蒙「やれっ」
 兵士「はっ」
 ビュッ
 関羽の首は打たれた
 関羽この時58歳であった
42巻まで読み進めて、これだけですよ、関羽の死の場面。
劉備3兄弟が「三国志」の主人公と疑わなかったので…普通、主人公は死なないでしょう?
死んだように見せかけて、実は死んでませんでした。そしてまた劉備と一緒に戦い、遂には中華を統一する…もんだと、信じて1mmも疑っていませんでした。
だから、関羽があっけなく斬首され、さらに張飛が暗殺され、劉備が大敗北の末死んでいくとか、中学生のウブな脳みそは大混乱。もう訳がわかんなかったです。
劉備が死ぬ45巻で一度心が折れて、しばらくその後、コミックを手にとらなかったですもん。

『人形劇 三国志』での関羽の死は、「呂蒙嫌い」が大人になるまで続くという形である意味トラウマになっていました。

そんなこんなで、関羽の死は、どの著者も思い入れたっぷりで描くシーンです。
宮城谷『三国志』での関羽の最後も、ぜひみなさんに読んでもらいたいのですが…私は、また新たな関羽像を提示された気持ちでいます。
宮城谷氏は「関羽が捕縛されるなどは、あり得ない」と断言します。

人に頭をさげることを嫌う関羽が、戦うことをやめて擒捉されたというのは、関羽の死を惜しむ後世の者が創った話であろう。が、かえって関羽の名誉をそこなうものである。


さらに、現代でも議論が百出する「関羽の北伐」の意義をこう表現しています。

(劉備は)漢中王となった。ながく劉備とともに歩き、もっとも深く劉備を理解していた関羽は、そのことを惜しんだ。
-劉備の志とは、そういうものではなかった。
もっと超絶したものであった、と関羽はいいたかったであろう。それを天下に知らしめるために、関羽はひとりで魏と戦い、呉と戦った。それはすなわち劉備への敬愛の表現であった。


…このような文章は「男」にしか書けませんよ、男を知る真の男にしかできない洞察です。
深く深く理解している男のために、志を汚す所作を惜しみ、しかし惜しむだけではなく、その男に代わって不可能に近い志の体現を為してみせる…利己は皆無、そこには最上の敬愛の情だけが存在する。
戦略とか戦術とか、謀略とか駆け引きとか…一切合財吹き飛んでしまえ!ふー。

宮城谷『三国志』第8巻のおかげで久しぶりに興奮した昼下がりでした。
まとまりに欠けてすみませんが…いまだ興奮冷めやらぬ深夜1:00、関羽の最後の台詞で締めくくります。

関羽はわずかに笑み、
「天帝のお召しである。われらは天に昇ってふたたび会おうぞ」

[ 2009/09/20 01:14 ] 三国志BOOKS | TB(0) | CM(0)

過去記事紹介-董卓や王平や腸チフスや関羽の首など- 

こんにちは、なんだかすっかり寒くなってきましたね。
最近mixiのアプリとして始まった『ブラウザ三国志』というゲームを、ちょこちょことやっています。
オンライン+国盗りシミュレーション+『三国志大戦』をかなり意識したカードゲーム要素
が融合したバランスのよい三国志ゲームです。
mixi登録していて、まだやったことがない…という方、一度アクセスされることをオススメします(PC限定)。

さて、今回は拙BLOGのアーカイブの紹介です。
というのも、先日移管した旧BLOGの記事の整理をようやく少しずつ始めているのですが
「あー、こういうの書いてたなぁ(ホッペがポ)」
と懐かしく、かつ恥ずかしくなるような記事をチラホラ見つけ…折角なので改めて掻い摘んで紹介し、場合によってはみなさんに指摘なんかいただいて今後の参考にできればと思った次第なのです。

とくに「シリーズ三国志」として改めてカテゴライズした記事群は、主に2004-2006年に更新していたのですが…「この解釈って『新しい』んじゃないか!?」と、拙い推論を積み上げて妄想を膨らませることに夢中だった頃のものです。
ということで、いくつか独断でピックアップして、勝手に押し付けがましくご紹介します。

【独占!】王平は南蛮非漢民族出身か!?~後編~
これは、私の中で最も思い出深いシリーズ「王平非漢民族出身説」の一記事です。
『曹操-魏の武帝』(石井仁著/新人物往来社刊)をパラパラ読んでいて
「蜀漢の将軍王平(字は子均、巴西郡の人、?~248)…は板楯蛮夷の出身とみられる。」
という文章を目にしたときの全身を貫いた衝撃は、今でも忘れられません。
「王平=板楯蛮」の図式によって
 ・街亭での孤軍奮戦
 ・文字を10文字しか知らない
といった王平に纏わる特徴的な事柄が、私の中でキレイに腑に落ちたのでした…ま、妄想なんですけどね。

建安の疫病大流行 ~後編の前編~
「赤壁の戦い」を語るうえで欠かせないのは、長江流域で大発生した疫病。
映画『レッドクリフ』でも登場しましたね。
その疫病の正体を「腸チフス」と仮説立てて、あれやこれやと妄想したシリーズの一記事。
「病気」とか「菌」とか「寄生虫」とか、まったくもってド素人な分野だったもので、「目黒寄生虫館」に突然電話して寄生虫に関する質問をぶつけてみたり、いくつかの書籍に書かれていることを批判してみたり…少々やんちゃなこともやりました。

オレ流・董卓だって涙が出ちゃう…男の子だもん
董卓にはまっていた時期に書いた「オレ流・董卓」シリーズの一記事です。
入洛後、「理想の政治家」を志した董卓は、せっせと清流派の人士を健気に重用します。
しかしその行動はことごとく裏切られ…ついに、後の世に「暴君」、「巨悪」と称される董卓の諸悪行が次々に断行されていくのです。
『正史』にも掲載されている彼のストレートで哀れな心の叫びが、私の心を突き刺すのです…。

塩と三国志 ~第2回 塩と関羽~
塩にもいろんな種類があり、中国では「海から採れる塩」はどちらかというとマイナーである…ということを初めて知って、「『塩』のことを知りたい!」という欲求からあーだこーだと書いたシリーズです。
とくに第2回は、関羽の出自と最後(塩漬けの首)とを、「解池の塩」で結びつけたあたりに120%の恥ずかしさが漂っている記事です。

えー、という感じで、「昔の記事の紹介って…手抜きじゃないか?」と石を投げられそうですが、なにとぞご容赦を…。
※ちなみに、まだ旧BLOGの記事は整理途上のため…文字化け、画像不備など多々ありますが、お許しを。

[ 2009/09/06 09:38 ] その他雑談 | TB(0) | CM(0)
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