三国志漂流

すべての「三国志」にLOVE&RESPECTが大前提。さらに自分の価値観や解釈でどこまで切り込んでいけるか…のんびりと「新しき三国志の道と光」を模索するBLOGです。

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『諸葛孔明 「三国志」とその時代』宮川尚志著 

最近、私が何度も読み返している本を紹介します。
『諸葛孔明 「三国志」とその時代』宮川尚志著/光風社出版刊です。
この書籍のとくに凄いなぁ…と感じるところは、「昭和15年に初版発行」されながらも版を重ねてズーッと読み継がれているというところです。
私が手にしているのは、昭和59年光風社出版から刊行された際の「序」が記されている単行本で、約半世紀の重みを感じるものです。
文献・出土品などからの研究が進んでいる分野でありながら、(素人目ですが)内容がちっとも色褪せていない、むしろ新しい発見や気づきさえふんだんに手軽に提供してくれる書籍というのはなかなかないと思います。
史学をちゃんと学んだことすらない身にとっては宮川尚志先生という方がどういう方かまったく予備知識がないのですが、相当偉い先生だったんだろうなぁ…と実感できます。

そもそも著者が本書を書き起こした発端・経緯については、以下のように記されています。

私が本書を著はすに至つた次第は、これら一般の常識の根據であり、歴史の研究にとつて價値ありと信ぜられる各種の資料に直接觸れて、この時代に生きた孔明の人となりを再現せんとすることである。…私はあくまで孔明の傳記を書くことに終始し、彼の生涯の各時期と彼の環境である當時の社會との關聯において生起しきたる事件を説明しながら彼の内的生活の動きをも窺ひ知らうと庶幾した。

※ちなみに、初版の際の「序」を転載されているので旧字体など使われていますが、本編は新字体に読みやすく改められているのでご安心を。

書かれているようにベースは「伝記」です。
諸葛亮の生い立ちから五丈原で倒れるまでを、『正史』のみならず様々な文献を用いながら、そして適度に主観を交えながら、丁寧に書き紡がれています。

この書籍を読んで、私が最も認識を改めさせられたのは、諸葛亮の交友関係についてです。
みなさんは、諸葛亮に言い知れぬ「孤独なオーラ」を感じてしまいませんか?
孤高といってもいいかもしれません。
世に出る前は人里離れた地で晴耕雨読の生活を送り、世に出た後、とくに劉備亡き後は、蜀の命運を一身に背負い、独り黙々と休む間もなく政治・軍事に精を出す…そんな孤高の存在としての諸葛亮像をイメージしませんか?
この書籍では、荊州時代を中心とした旧友との様々なエピソードが、諸葛亮の回顧談などによってあちこちに散らされています。
それらを拾い集めてみると
■諸葛亮が、己を知る友人・知人との関係をいかに大切にしていたのか
■その交友関係によって、肉体的、精神的にどれ程支えられていたのか
が明らかになってきて、より人間臭い諸葛亮が炙り出されてくる気がします。

諸葛亮の本来の姿は、孤高の存在というよりも、むしろ人との関わりの中でドンドン輝いていけるような存在だったのではないか?
「ボケ・ツッコミ二元論」的に解釈すると、ボケ担当。
無論頭の回転は恐ろしく速く、キレるだろうけど、それだけに独断専行しがち。諸葛亮をよく知る友人が傍にいて、議論の中で適度に軌道修正(ツッコミ)してあげながら、より最適な選択肢を掴んでいける…そんな諸葛亮像が私の中でムクムクと立ち上がってきました。

以下、本編から「諸葛亮の交友」に関する記述をアレコレ抜粋して掲載しておきます。
どメジャーな人物は徐庶、司馬徽ぐらいでしょうか…でも、名は広く知られずとも諸葛亮の心に重要な位置を占めていた友人たちとの心の交流を、断片的ではありますが少しでも感じていただければ幸いです。

荊州時代の諸葛亮を描いている場面での記述。

これらの友だち同士(崔州平や徐庶ら)は時にはたがいに将来の希望を語りあったであろう。


襄陽一体の平和な天地には、かくのごとく、諸葛亮・崔州平・徐庶・石韜・孟建・司馬徽・龐徳公といった一団の人々の交際がいとなまれていた。孔明が名を知られ、交渉のあった範囲は湖北省中央部に居住を定めた名族たちの社交界を出なかった。しかし平和で幸福であった。


劉備亡き後、諸葛亮が丞相府を開いた際に発した施政方針。

「参署といって行政措置の決定前に意見を述べ合い検討することは衆人の思慮を集め忠益を広めるのによいことである。…私の知人の徐元直(徐庶)はこれに処して惑わず、また董幼宰(董和)とは参署七年、不十分なことがあれば十返に至っても来同して事の是非を告げ教えあった。いやしくも能く元直の十分の一、幼宰の慇懃を慕って、国に忠あればすなわち亮は過失を少なくすることができよう」と、部下を訓励するとともに自らの反省を忘れないゆかしい態度を示した。…孔明はいまも彼(董和)を追思し官吏道の典型と歎じたのである。


南征の際。

襄陽以来の旧友向朗を丞相長史の後任に定め、彼に後事を任せ…出発の時参軍馬謖は南中統治につき献策して大いに孔明の信任を博した。
…孔明はそれでも(馬謖を重用し過ぎないように劉備が誡めたことを指して)信任の念かわらずつねに引見して終日談論することもあった。


街亭の敗戦処理にあたって。

同じく敗戦の責により…襄陽以来の孔明の旧友である向朗も免官された。


諸葛亮の陣没を描く章にて。

孔明は…大変仕事を愛する人であった。…かつて自ら会計の書類を検べていたことがあった。主簿の楊顒が室に入ってきて諫めた。彼は楊儀とともにむかし襄陽の蔡州の湖の辺に住み、孔明の旧友の一人である。…孔明はこの忠言に感謝の意をのべ、楊顒の歿するに及び涙を垂れること三日であった。


かつて自分が交友して有益であった人たちを数え
「むかし、初めに州平(崔州平)に交わりしばしば得失を聞き、後に元直(徐庶)に交わり勤めて啓誨された。前に幼宰(董和)と事をともにし毎言すなわち事理を尽した。後に偉度(胡済)と事に従いかずかず諫止をうけた。自分は資性鄙暗でことごとく納れることができなかったが、しかもこの四子と終始好合し、またもって彼らが直言に疑わなかったのを明かにするに十分であった」

このエピソードを読んで、私は崔州平・徐庶・董和・胡済を「諸葛亮の四友」と勝手に命名することにしました。

伝記とは別に、「交友論」と題した章にて。

「勢利の交はもって遠きを経難し。士のあい知るや、温にも華を増やさず、寒にも葉を改めず、四時を貫いて衰えず、険夷を歴てますます固し」
功利的な交友を非とし、常緑樹の譬をもって金石もかわらぬ友情の美を説いたもの


なんだか胸に染み入るなぁ…。
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[ 2009/10/08 12:11 ] 三国志BOOKS | TB(0) | CM(2)

呂布が戟を落とした!-京劇『三国志「呂布と貂蝉」』- 

東京芸術劇場京劇『三国志「呂布と貂蝉」』を観劇して、感激しました。
TOKYO京劇フェスティバル2009」というイベントで演じられた4大公演のひとつです。
中国には京劇の団体がごまんとあるようですが、今回演じた「北京京劇院」は代表的な団体のひとつのようです。
呂布、董卓、王允、李儒は「国家一級俳優」が担当。
市川團十郎や松本幸四郎といった「紫綬褒章」クラスがゾロゾロ出演している感じでしょうか?

11:30開演に先立ち約30分前に会場に着いたので、パンフや三国志地図などを購入して席へ。
「B列」とチケットには書いてあったのですが、端っこに近いこともあったためか最前列でした。
観る前から胸高まります。
簡単な解説が会場に流れた後、幕が上がって「第1場」開始。
董卓ほかが宴席に居並ぶシーンから始まったのですが、俳優の方々を思いのほか近くに感じられ(実際5m程度先)、興奮。
※ちなみに、同じ回で観劇されていた三国志友だちのさかさんは、なんと最前列ど真ん中の特等席!!私以上に興奮されていたはず。

パンフを参考にして、簡単に劇の流れを紹介します。

第1場:人頭会
虎牢関の戦いの功労を労う宴席。遅れて来るなり呂布は反逆の罪で張温を斬り捨てる
第2場:計略を定める
連環の計(美人の計)を王允に告白され、困惑する貂蝉
第3場:小宴
呂布が貂蝉をひとめで気に入り、婚約までこぎつける
第4場:大宴
貂蝉の艶やかな舞に魅せられた董卓は、即座に貂蝉を連れ帰る
第5場:鳳儀亭
貂蝉を横取りされて董卓に怒りをぶつける呂布。しかし董卓は貂蝉を手放さない
第6場:郿塢
怒りが収まらない呂布に王允が囁く…良策があると
第7場:董卓を誅殺する
偽の詔で誘き出された董卓を、呂布が憎悪を込めて刺し殺す


めくるめく愛憎劇…貂蝉の美しさに見惚れたり、俳優の美声&ド迫力の声量に聞き惚れたり、李儒の道化振りに笑ったり、立ち回りに息を呑んだりと見所聞き所満載でした。
順不同ですが、感じたことなどを列挙します。

■「第2場」での呂布のテンションの上がりようったら、なかったです。私にとっては、一番の見所でした。
貂蝉を初めて見たときの眼の見開き方、口半開きで放心したように眺め続ける様、気分の高揚を表すかのような高い声、執拗に手を触ったり、冠に付いた長い雉の羽で貂蝉の顔を撫でてみたり…「第1場」で非情に張温を撫で斬りした姿とのギャップが大きく、普通のスケベなおっさん化していました。
■呂布の装いがピンクを基調として水色を配するような感じで、とっても清潔感がありました。
■「立ち回り」の見せ場で、なんと誤って呂布が戟を落としてしまいました…!弘法も筆の誤り。
■貂蝉がスゴイ美人さん!瞳がクリッとしていて、鼻がスラッと高く、顎は小さく、身体が柳のように細い…。随所で「流し目」攻撃を行うのですが、客席の私にも!!(思い込みじゃなく、多分)
マエケン■あややとかマエケンがやる、胸元でハートを作るあの仕草を、貂蝉がしょっちゅうしていたのが気になりました。
■董卓は顔を真っ白に塗っていたのですが、目尻が下がっているように見えて、なんだか好々爺な感じが漂い憎めませんでした。
■王允が随所で「しめしめ…」見たいな表情をするのが、却って悪人に見えました。董卓と呂布が情けないほど見事に貂蝉に溺れていく様と比較して。
■王允のことを皆して「ワンターレン」と呼ぶので、その度に『魁!!男塾』の王大人が頭の片隅に顔を出してきました…。

京劇本来の見方から逸脱しているようにも思いますが…鑑賞の仕方は自由開放。
『三国志「呂布と貂蝉」』、観に行って本当によかったです!
三国志の本場中国の人々が、どのように三国志な時代の事柄を解釈しているのか…の一旦を垣間見た気がしますし、そして何よりも、男の嫉妬は見苦しいということを痛感しました…あんな嫉妬はすまい。
京劇三国志
※最後に2つニュース。
1.京劇『三国志「呂布と貂蝉」』は10月5日(月)まで、池袋の東京芸術劇場でやっています。チケットの有無はわかりませんが…。
2.2010年5月に『京劇三国志 赤壁の戦い』が公演されるようです。詳細未定、かつ随分先ですが、こちらも要チェックですね!
[ 2009/10/04 04:55 ] その他雑談 | TB(0) | CM(0)
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