三国志漂流

すべての「三国志」にLOVE&RESPECTが大前提。さらに自分の価値観や解釈でどこまで切り込んでいけるか…のんびりと「新しき三国志の道と光」を模索するBLOGです。

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荀彧~興福寺・木造無著立像 

恐ろしい程長いブランクの後の第2回目を飾るのは、奈良県興福寺にお住まいの無著立像さん。
運慶作(正確には運慶指導の元で「運助」という仏師が製作)の“日本彫刻史上最高傑作”と評される木像です。
運慶といえば、東大寺南大門とか『GANTZ-ガンツ-』で知られている金剛力士立像(阿吽のヤツ)で有名ですね。

…まぁ、まずは見てください!
何ともコトバにしがたいような、潤んだ瞳。
水晶を埋め込んだ瞳なんですが…それにしても、木像の瞳とは思えません。

己が信じるひとつの「真理」に向かって、飽くなき前進を示す者として…内面から次から次へと込み上げてくる、etc.人間の持つあらゆる感情をグッと堪えて腹の奥底に矯めて、歩む…全ての事象を透察できる稀有な人間でありながら、それでも世俗の人間との関係性を捨てたりなんかしないことから生まれる苦悩…そんな様々な内面性を想起させる、深い、深~い眼差し。

もしくは、「…ばかっ!」とか発する前の女性の瞳みたいです(もろドラマの影響、妄想100%でスンマセン)。

完全にもってかれてしまいました…私は、この瞳に。
目は口ほどにモノを言う。

この瞳、眼差しから思い描かれる人物は、荀彧以外にないと思います。
「王佐の才(王者を補佐する才能)」と若い頃からその才能を讃えられ、曹操幕下で比類ない功績を打ちたて続けた男。
曹操を通して天下を睥睨しつつ、しかし同時に末期症状の後漢朝、とくに「天子」への揺ぎ無い忠誠心を抱きつつ、最後には曹操と「天子」の狭間で命を落とすことになる男。
「王佐の才」は、曹操に注がれたのか?「天子」に注がれたのか?
真実は、約1800年前の荀彧の胸の中にあります。
ただ、2人の「王」の狭間で揺れた荀彧の眼差しは、この無著立像と同様の深いものであっただろうことを想像するのみです。

ちなみに、「木造無著立像」が掲げ持つ「器」は、荀彧が死の前に曹操から賜ったという「空っぽの器」に見立てることができます。
憂。



--【「木造無著立像」の豆知識】
[ 2004/10/26 22:47 ] 仏像見立て三国志 | TB(0) | CM(1)
---
奈良県奈良市にあるお寺。
建立が710年という、とってもなが~い歴史をもつ、由緒正しきhttp://www.tabiken.com/history/doc/R/R041L100.HTM" TARGET="_blank">法相宗の大本山です。
明治時代、全国の寺社を揺るがせた「廃仏毀釈」により、数々の美術品が破壊されたり、散逸したりして大打撃を受けました。
現在2010年の創建1,300年に向けて、様々な復興事業が計画されているので要チェックです。10月23日現在、東京藝術大学大学美術館で「興福寺国宝展」絶賛開催中!
↓「興福寺」の詳細はコチラで。
http://www.kohfukuji.com/kohfukuji/index.html" TARGET="_blank">http://www.kohfukuji.com/kohfukuji/index.html
↓「興福寺国宝展」の詳細はコチラで。
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/planed_jp.htm" TARGET="_blank">http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/planed_jp.htm

※今回使用した「木造無著立像」の写真は、『日本の美をめぐるNo.19』(小学館刊)より引用しています。



[ 1970/01/01 09:00 ] [ 編集 ]
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