三国志漂流

すべての「三国志」にLOVE&RESPECTが大前提。さらに自分の価値観や解釈でどこまで切り込んでいけるか…のんびりと「新しき三国志の道と光」を模索するBLOGです。

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「三国志」と『三国史記』 

こんにちわたりがに。
以前『CASSHERN(キャシャーン)』を映画館に観に行って、不覚にも一回泣いたのに、昨日DVDを借りてまた同じシーンで号泣した、涙腺が緩みがちなUSHISUKEです。

近況報告っぽくて申し訳ありませんが、ここ2週間ほど、お休みの度に図書館に通っています。
ぞっこんLOVEなお相手は、『三国史記』全4巻という書物です。
みなさんはご存知ですか?
一見「三国志」本のようにも見えますが、実は古代朝鮮について記されている文献なのです。
…昔、「学校」という名の荒んだ社会の縮図の中で「読み方、分かりにく過ぎ!」と、青い反抗心を駆り立てられた
高句麗(こうくり)
新羅(しらぎ)
百済(くだら)
を中心とした編年体の勃興記です。

私にとって、骨まで愛して止まない本妻は常に「三国志」なのですが、どうして『三国史記』と浮気なんかしているのか…?
それは、中華思想的には「野蛮」と括られる民の歴史書『三国史記』を通して、中国サイドから記された文献だけでは窺い知ることができない虚実入り混じっての事柄が、新たに見えてくるからです。

たとえば、魏将・毋丘倹の高句麗征伐について。
246年、当時幽州刺史だった毋丘倹が、約1万人の将兵を率いて高句麗に侵攻。
高句麗の王都を瞬く間に陥落させ、さらに周辺の沃沮や貊といった諸国も平らげて意気揚々と凱旋する…といったことは『正史』の語るところです。

同様の事柄が『三国史記』にも見えるのですが、征伐された側としての記述が興味深いのです。
『正史』では毋丘倹連戦連勝!…っぽいイメージですが、『三国史記』では彼も結構苦戦させられていたりします。
やや長いですが、順を追って見てみますね。
┏━━━━┓
┃ラウンド1 ┃
┗━━━━┛
魏将・毋丘倹VS高句麗王・位宮(東川王 憂位居)の緒戦は、鴨緑江沿いでの会戦だったのですが、いきなり毋丘倹は煮え湯を飲まされます。
3,000にも及ぶ首級を挙げられるという、惨敗。
┏━━━━┓
┃ラウンド2 ┃
┗━━━━┛
両者、梁、貊の谷で再戦。
しかし雪辱を果たせず、毋丘倹はまたしても敗れ、3,000余の首級を挙げられます。
連戦連敗…魏の名将形無しです。
┏━━━━┓
┃ラウンド3 ┃
┗━━━━┛
調子に乗って追撃をかける高句麗王・位宮ですが…今度は彼が大惨敗。
窮鼠猫を噛むというか、なんと18,000人の戦死者が出るという未曾有の敗戦を喫します。
これにより、高句麗は一気に王都を制圧され、位宮はほうほうの態で隣国を逃亡し続けることになります。
┏━━━━┓
┃ラウンド4 ┃
┗━━━━┛
一計を案じた位宮は、魏に偽投降を図ります。
この計略と、奇襲攻撃の合わせ技により魏陣は混乱をきたし、崩壊。
ついに楽浪より後退せざるをえなくなります。
魏軍の楽浪からの後退が、大敗戦後の高句麗のカムバックにつながっていくのです。

簡略な『正史』の記述では分からない、白熱する一進一退の攻防が伝わってきますよね。
しかも、なんと戦歴的には魏が1勝3敗と負け越していたり…王都が敵に占領されるという屈辱的な歴史に対する、そこに住まう民の想いなんかも伝わってきて、想像力を掻き立てられます。

『三国史記』にふらふら浮気しているのも、最終的には本妻である「三国志」の魅力をさらに引き立ててくれる結果につながっています。
ときどき違う角度から眺めてみると、「ハッ!」とするようないつもとは違った表情を見せてくれる「三国志」は、やっぱり骨まで愛するに足る本妻ですよ。

[ 2004/11/07 01:26 ] 辺境三国志 | TB(0) | CM(0)
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