三国志漂流

すべての「三国志」にLOVE&RESPECTが大前提。さらに自分の価値観や解釈でどこまで切り込んでいけるか…のんびりと「新しき三国志の道と光」を模索するBLOGです。

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我が家は屯田制を導入しました 

最近書きたいことは山のフドウのようにあるのに、なかなか思うように更新できません…。
でも、あんまりがんばり過ぎると、階段を昇るときのようにすぐ息があがりそうなので、のんびりいきます。

さてと、新コーナー、始めます。
その名も「農三国志農ライフ」。

うちの棗祗とかがやかましく言うので、今年の4月から「屯田制(≒家庭菜園)」を導入しました。
折角なので、のら仕事を通して三国志について想ったことなどを、徒然なるがままに書き殴ろうと思います。

それにしても、今年の夏は大収穫祭りでしたよ。家庭菜園_01
台風が直撃しなかったという幸運もありましたが、写真のような15㎡のちっちゃな農地で、トマト、ゴーヤー、カボチャ、インゲン豆、ナス、オクラ、トウモロコシ、ピーマン、ニラなどなど…それこそ食べきれないほど収穫できました。
自然に感謝、大地に感謝。

屯田」を始めて芽生えたのは、とにかく野菜がかわいくて仕方ないという、これまでにない感情。家庭菜園_02

日が昇ると、嬉々としてのら仕事に出たりもしました(気分次第)。
あと、豪雨、暴風のときなどは、農地の野菜たちのことが気になり、心落ち着かないこともたまーにありました。
土を何度も耕したり、こまめに水や肥料をやったり、雑草や虫を見つけたら親の仇!とばかりに根絶やしにしたり…手間がかかる分、いとおしくなるんでしょうかね。

三国志な時代では、とくににおいて、戦乱で荒れ果てた田畑を一般人民に、辺境の地では兵士に与えて耕作をさせる「屯田」という制度が活発に運用されていました。
根本的に私ののら仕事と異なるというのは承知ですが…もし、自分の耕作地が戦争で荒らされるようなことがあるなら、1000分の1ぐらいの可能性で戦いますね、防衛戦です。
為政者というのは、こういった「土地に執着する人民の感情」みたいなものをうまーく利用していたりしたんでしょうね。

よく「戦いは収穫期である秋を避けて行う」…とかいうことが書かれますが、実際は春から夏にかけても、農作物に対して手をかけることは山ほどあるわけで、そんなに気持ちを割り切れるもんじゃないですよ。
戦地に赴くようなことがあったら、多分耕作地のことが気が気ではないでしょう。
生活かかっていたら、なおさらだと思います。

三国志な時代の、名もなき多数の人民たちの感情を、時代を超えて少しでも感じられるとうれしいなぁ…と夢見ながら、せっせとのら仕事をがんばります。
ちなみに、今冬の目玉はイチゴの収穫です。
それでは。
[ 2008/11/26 02:51 ] 農三国志農ライフ | TB(0) | CM(4)
おはようございます!
屯田制を導入されるなんてさすがです!!
私もいつかは・・・なんて思いながら導入しないまま今に至っています。(笑)
今年は果物も大豊作らしく、味も非常に甘くて美味しく、実も大きく仕上がっているそうです。羨ましいぃ~~っ!!

>戦いは収穫期である秋を避けて行う

「秋」という字を‘とき’とも読まれていることを、三国志を読んで知りました。

赤壁の戦いが冬に行われたのは、
耕作期~農作期を外したことも一因なのかな・・・と、ふと思ってしまいました。
食べ物と戦いは切っても切れない関係だということを
昔の人は分かっていたのかもしれないですね。

-自分が作った食べ物を守るため戦う-
そういった視点から三国志の戦いを見ることも想像力が刺激されて、とても面白いです!

>棗祗

初めて見た名前で、検定前なので勉強になりました!!
三国志にはまだまだ知らない人がたくさんいて、そして、まだまだ知りたいこともたくさんあって興味が尽きない対象です!
[ 2008/11/26 09:08 ] [ 編集 ]
私の実家では昔から屯田をやっとります。
農村ですからね♪
子供の頃は、野菜は家の裏の畑で獲れるものだと思っていましたが、「始める」というエネルギーには脱帽ですww



ちなみに、屯田制は魏末期に廃止され郡県に組み込まれますが、まったく跡形もなく消滅してしまったわけではないようです。
屯田(民屯)地域は税率が高い代わりに徭役等が免除されたことなど、屯田制はいわば「国家による荘園経営」ともいえるもので、屯田制廃止後もこの特徴は後の占田課田制の「課田」に受け継がれたともいわれています。

棗祗の提案により曹操が始めた屯田制は、漢代の農政の行き詰まりを受けて考案され、陳羣の九品官人法とともに中世の扉を開いた画期的な制度であったといえるでしょう。
[ 2008/11/27 00:14 ] [ 編集 ]
Riangさん、コメントありがとうございます!

>「秋」という字を‘とき’とも読まれていることを、三国志を読んで知りました。

諸葛亮の「出師の表」にある「危急存亡の秋」ですね。
「秋」で「とき」と読むことは、滅多にないですもんね。

そういえば以前、後漢時代の「蛮」が叛乱を起こした頻度を四季で見てみたことがありました。
http://www.doblog.com/weblog/myblog/3040/741971#741971
明らかに「秋」と「冬」が多いんですよね。
秋は収穫時期だから?冬は食料が少なくなるため?など、余計な妄想が次々と沸いてきます。

>初めて見た名前で、検定前なので勉強になりました!!

Riangさんも受検組ですね。
そういえば、検定の日迫っています…なのに、何ら勉強できていないです。
我が伝統の「一夜漬け」で凌げるか…?ものの見事に玉砕しそうです。
[ 2008/11/29 23:38 ] [ 編集 ]
コメントいただき、光栄です!
けんいちろうさんの実家は農家なんですね。
なんだか親近感が一段と沸いてきました、勝手ながら。

屯田制について詳述していただきありがとうございます!
改めて勉強になります。
私がやっている「屯田」はどっちかというと「軍屯」のイメージです。
一介のサラリーマンとして、ビジネスという戦場であたふたするのが本分なので。

仰るとおり「屯田制」と「九品官人法」は歴史の大きな流れの中でも大変重要な制度。
今後ともぜひともご教授ください!
[ 2008/11/29 23:48 ] [ 編集 ]
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