北京五輪ソフトボール、日本金メ
ダル!
すんごい感動した!
テレビの前で5回ぐらいからソワソワして、6回裏1アウトフルベースの大ピンチを失点0で切り抜けたときなど、腰砕けのようになりました…いやぁ、
女房を質に入れてでもみただけはあります。
ソフトボールもそうですが、北京五輪では戦う大和撫子の強さ、それも土壇場での強さをまざまざと見せつけられた気がします。
そして、五輪が開催されている中国で、今から遡ること約1,800年前、「三国志」な時代でも、戦場に華を添える戦う女性たちがいました。
今回は、そんな『三国志』『
三国志演義』に名を刻む戦う女性2人にスポットライトをあててみます。
☆★
王異★☆
涼州刺史・
韋康に仕えた
趙昂の妻。…といっても、韋康も趙昂もマイナー系の人物なのでピンと来ないかもしれません。
が、この
王異は、あの涼州の暴れん坊「錦
馬超」と戦火を交えたとんでもない経歴の持ち主です。
自ら弓を持ち、かつ夫である趙昂をはじめ将兵を励ましながら
馬超の猛攻に抗い、
馬超の妻に取り入り策を弄して
馬超を陥れました。
結果、
馬超の涼州落ちの一因を作った女傑です。
王異は、上野投手ばりに粘り強く、肝が据わっています。
まさに『三国志』を代表する戦う女性のひとりです。
☆★
祝融夫人★☆
『
三国志演義』に登場する架空の人物。
蛮王・
孟獲の妻です。
孟獲が
諸葛亮率いる蜀軍に連戦連敗している最中、「男のくせに何と不甲斐ないこと!」と捨て台詞を残し、捲毛の
赤兎馬に乗って戦場を駆け巡る、おてんば娘(嫁)。
飛刀を使って百発百中の名手で、シュシュッと
張嶷、
馬忠といった、『演義』では比較的扱いが雑な蜀の武将を生け捕ったりしてしまう大活躍を見せます。
むさくるしい男祭りな三国志の世界に、爽やかな一陣の風を運んでくれるような、そんな戦う女性です。
…と、書き終わっても、いまだ興奮が冷めません。
だからこの記事は、我らが
松岡修造大先生の熱い名言でしめます。
「お前も強い根っこを持て!できるよ!お米食べろ!」