三国志漂流

すべての「三国志」にLOVE&RESPECTが大前提。さらに自分の価値観や解釈でどこまで切り込んでいけるか…のんびりと「新しき三国志の道と光」を模索するBLOGです。

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「夏侯惇」の読みについて-前編- 

こんばんは。
「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」により何となく落ち着かない日々が続いていますが、改めて被災された方々へ、心よりお見舞い申し上げます。

3月の3連休を利用して以前から気になっていた
平田澄子校訂『竹本座浄瑠璃集1』(叢書江戸文庫、国書刊行会、1988年)
に収録されている『諸葛孔明鼎軍談』を読みました。
諸葛孔明鼎軍談』は「三国志」を題材にした人形浄瑠璃で、江戸時代真っ只中の1724年7月に大阪で初めて演じられました。
ちなみに初演から遡ること約35年前の1689~1692年、湖南文山により『通俗三國志』が刊行され、これが『三国志演義』の初めての日本語訳(完訳)といわれています。
時代的には、結構近いですね。
この『諸葛孔明鼎軍談』、現代の我々が読むと結構興味深い内容が多かったりするので拙BLOGで数回紹介してみようかと思っていますが、初回はいきなり作品自体とはまったく関係ないことから触れてみたいと思います。

夏侯惇」の読みについてです。

今ではすっかり「かこうとん」が定着していますが、やや古参の三国志ファンには「かこうじゅん」という読み方も懐かしいのではないでしょうか?
「かこうとん」であろうが「かこうじゅん」であろうが、結局外国語を日本語読みしているに過ぎないので「正しい」「間違い」ということはないのですが、「かこうとん」「かこうじゅん」どちらの読みが日本人にとってより親しまれてきたのか…仮に1689年をスタート地点に設定したうえで、その読みを使われてきた「期間」によって判断した場合、「かこうじゅん」の方に軍配が上がるのです。
「かこうじゅん」は(おそらく)1689年から1960、70年代までの約270~280年間メインの読み方として流布しており、「かこうとん」は1970、80年代以降のわずか約30~40年間しか一般的には使われていません。
ということで、以下、私が知りうる限りの取るに足らない情報によって屁理屈をこねさせていただきます。

諸葛孔明鼎軍談』は人形浄瑠璃(≒文楽)の「義太夫本」、いわゆる台本みたいなものです。
人形浄瑠璃は「太夫」「三味線」「人形遣い」三位一体の演芸ですが、そのうちの「太夫」は「物語を語る」役割を担っています。
声に出して語る「太夫」が使う台本であることから、「義太夫本」には漢字に対していちいち丁寧にルビがふられています。
作品を読んでみると、曹操が「黄巾の賊」を討伐し凱旋するという初登場のシーンで、本記事の主人公・夏侯惇もあわせて早くも登場します。

大鴻臚曹嵩が嫡男。典軍校尉曹操しづ〱と参内し。是も同く張角が首寵臣夏候惇に捧させ。

内容についてはこの文章だけでツッコミどころがあるのですが…「侯」の字が「候」になっているのは置いておいて、この「夏候惇」のルビが「かこうじゅん」とハッキリ表記されています。
通俗三国志2※ちなみに初版の『通俗三國志』は目にしたことがないのですが、私が所有している1884年(明治17年)に刊行された信濃出版會社版『通俗三國志』(画像)にも『諸葛孔明鼎軍談』同様に「カコウジュン」とルビがふられています。

漢字には大別すると「音読み」と「訓読み」があり、三国志の登場人物は(多分ほぼ)「音読み」で読まれます。
さらに音読みの中にも、「漢音」「呉音」など数種類の読み方があるようで…「惇」の場合は、呉音だと「ジュン」「トン」、漢音だと「トン」と読むことになります。通俗三国志1

[参考]『デジタル大辞泉』
http://kotobank.jp/word/%E6%83%87

つまり、音読みとしては「ジュン」でも「トン」でも問題ないということになります。
ここで、「三国志」自体の一般的な受容が始まった江戸時代当時の読みがどうだったのか、わかりやすく紹介してくれているWEBサイトがあるので、さらに突っ込んで確認してみます。

江戸時代以前の庶民の間では、漢音読みの漢語はほとんど普及していなかった。庶民が知っていた漢語は、より古く入った呉音読みの漢語にほぼ限られていたといってもよい。
[参考]WEBサイト『ことばの散歩道』「呉音と漢音とはどう見分けるか?」
http://www.geocities.co.jp/collegeLife-Labo/6084/goonkanon2.htm

江戸時代以前、庶民の間では「呉音読み」が普及していました。
「惇」は呉音で「ジュン」とも「トン」とも読むことができますが、おそらく「ジュン」の方が人口に膾炙した読み方だったのではないでしょうか?

ということで江戸時代以降一般的には「夏侯惇=かこうじゅん」との読みが流布していたこと及び背景をザーッと見てきました。
以降「かこうじゅん」の読みは
吉川英治『三国志』(執筆期間1939、40年)
柴田錬三郎『英雄ここにあり』(1969年には脱稿)
横山光輝『三国志』(連載期間1971~1986年)
といった各名作(大衆文学、漫画)たちにも、なんら疑う、迷う余地もなく受け継がれていきました。

さて、だとするといつから「かこうとん」の読みが広まっていったのでしょうか?
次回へ続く。

※今回の「『夏侯惇』の読み」については2、3日調べられた範囲だけで垂れ流しています。
漏れ、誤りなどのご指摘ぜひぜひコメントにてよろしくお願いします!
[ 2011/03/22 22:55 ] 雑談三国志 | TB(0) | CM(2)
こんにちわ。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=3376
↑私の知る限り「かこうじゅん」は早稲田大学図書館の古典籍総合データベースにある『絵本通俗三国志』(出版書写事項:天保7-12序[1836-1841] 群玉堂, 心斎橋博労町(大阪))が最古だったので、それより100年以上遡れて嬉しいです。
それに後編も含めた考察が素晴らしいです。三国作品を通じ、大衆文化と学問文化との授受みたいなのがあったとあれこれ想像できますね。
素人考えですが、呉音というと仏教を連想しますが、江戸にそういった文化の影響(読経とか?)もあるのかもしれませんね。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=3346
↑余力があれば同じ論法で「黄天」と「黄夫」の境界も探って頂きたいですね。
[ 2011/03/23 10:37 ] [ 編集 ]
清岡さんに「嬉しい」「素晴らしい」と言ってもらえるとは…大変光栄です!「黄天」「黄夫」含めて境界の確認は面白そうです。一度『通俗三國志』の初版(に近い)原本読んでみなきゃ、です。今回の件で江戸における「三国志」受容史にちょっと興味が湧いたので、主に個人的に好きな「浮世絵」「人形浄瑠璃」方面からあることないこと考察してみようかとも思っています。
[ 2011/03/26 07:37 ] [ 編集 ]
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