今回は第1章の紹介です。
※底本には「章」という単位は明記されていませんが、私が便宜上使っています。
これまで触れるのを忘れていましたが、私が紹介する會本『風俗三國志』の底本は
林美一『季刊會本研究』第6号(1979年)※非売品
に掲載されている『風俗三國志』全三巻の翻刻です。
翻刻には
底本には初摺本と後摺本、各一種を用い、それぞれの欠けたるを補い、或いは両者の相違点を比較対象して掲出した。
と、林氏の断り書きが添えられています。
☆★祭天地桃園結義★☆
序文に描かれる男根に意表を突かれた後は、『三国志演義』でおなじみの「桃園の誓い」をもじった遊び心いっぱいなエロワールドに興味関心を掻き立てられます。
[登場人物]
■
劉備字(あざなハ) 玄徳
■
関羽字(あざなハ) 雲長
■
張飛字(あざなハ) 翼徳
■羽兵ヘ
■お関
■玄(兄貴)
■お徳
■長(長公)
■ヒイ
■魏の国屋の曹
[あらすじ]
場所は、桃林亭。
江戸の何処かにある妓楼なのか?揚屋なのか?
2階建ての建物と離れの部屋で、3組の男(東男)女がアレに勤しむ場面です。
1階では、羽兵ヘとお関が久しぶりのアレをこれから愉しまんとしています。
羽兵ヘは、「臥龍が岡のお孔」のところへ「兄貴」である玄に連れられて行ったことを苦労話として愚痴っています。
一方お関は、羽兵ヘが一晩で5人の女性とアレをしたこと、魏の国屋の曹さんから羽織を贈られたことを挙げ、羽兵ヘへの嫉妬を口にします。
2階では、玄とお徳がアレの真っ最中。
イキそうになっているお徳に対して「辛抱が肝腎だ。堪え性がなくっちゃ、旗は挙げられねえ」と、玄がそれっぽい一言を。
お徳は「どうもどうもよくって、三国が一つになるようだ!」と、最早世迷言を口にするような有様です。
離れでは、虎髯の長が上方女のヒイにキスを迫っています。
「江戸っ子が気の短いのと、騒々しいのは生まれつきだ。さあ、ちっと顔を上げな、ちょっと口中の契りだ」と迫る長に対して、
「長さん、なんのこつちや、あほらしい。アレまアお前(まい)ハ髯がゑらいから痛ふてならんさかい、口吸ふことハ堪忍さんせ(原文ママ)」と関西弁でキスは拒否するヒイ。
三組三様の「桃園結義」でした。
[三国志なTOPICS]
TOPICS、てんこ盛りです。
6ページ相当の中に、仕掛け絵、謎解き要素、三国志なエピソードなどが随所に散りばめられていて、物語の最初を飾るに相応しい遊び心満載の第1章。
浮世絵&三国志ファンの心をくすぐりまくりです。
■エロな物語とは関係なく、
劉備、
関羽、
張飛の人物画が2ページ分のスペースに描かれています。
これは菊五郎(
劉備)、団十郎(
関羽)、幸四郎(
張飛)という当時の人気歌舞伎役者の似顔絵になっていると思われます。
※役者と三国志人物の組み合わせは私の推測。浮世絵においては、例えば「松本幸四郎」は鼻の高い人物に描かれたりするケースが多いことなどから。

■画像のように、浮世絵を切り貼りすると楽しみ倍増の「仕掛け絵」あり。
一見、凛々しくも華やかな
劉備・
関羽・
張飛3兄弟の桃園結義の場面。
しかし、右ページを上側に、左ページを左側にそれぞれめくると、なんと2階建ての建物と離れの部屋で各々アレをがんばる3組の男女の場面が出現。心憎い演出ですね。
■3組の男女は、
劉備・
関羽・
張飛の名前を二分して命名しています。
思わずニンマリな遊び心です。
・お関+羽兵ヘ=
関羽・玄+お徳=
劉備(玄徳)
・長+ヒイ=
張飛■三国志なエピソードが盛り込まれた本文を、下記で一部原文紹介。
三女、東男と會して天地交合のお祭、偕老同穴の契りをむすび、心力を合せて同年同日に生れずとも、同年同月同日に死せんことを誓ふ。
『三国志演義』でお馴染みの「桃園の誓い」をもじったもの。
羽兵ヘ「…此あいだも臥龍が岡のお孔が所へ、雪の降るのにおいらたちを連れて、二度無駄足をさせて、とうとう三度目に本望とげたのサ…」
「三顧の礼」ですね。
ちなみに「臥龍が岡」「臥龍崗」「臥龍岡」のような表現は、江戸時代の三国志本ではいくらか見られます。
『三国志平話』、元代の「雑劇」あたりから見られる表現のようです。
[参考]沈伯俊 譚良嘯編『三国志演義大辞典』(潮出版社、1996年)
「三顧の礼」の場面はこののち中巻にて、想像を超越するクリエイティブで登場するので乞うご期待。
お関「…一ト晩の内に五人仕て、魏の国屋の曹さんから羽織をこしらへておもらひじやアねへか。…」
「関羽千里行」の場面が元ネタですね。
「五関で六将を斬る」場面を一晩で5人の女性とアレをすることに、
曹操から贈り物として袍をもらう場面を曹さん(♀)から羽織をもらうことにそれぞれアレンジしています。
玄「…アレ誰だか囲ひで雷のやうなうなり声がするぜ。又長公か。アノ虎髯でこすられちやアたまらねヘノウ」
『三国志演義』などに現れる張飛の特徴をスライドさせています。
お徳「…どうもどうもよくつてよくつて三国が一つになるやうだ。…」
アレで気持ちが良すぎて「三国が一つになる」というのは、どういう気持ちなんでしょう…?
[その他諸々]
■1階の掛け軸に一首あり。
桃園ハいづれあねやら妹やら、
梅とさんさん三ごくのとき 蜀三人
「蜀三人」は江戸時代の狂歌師・大田蜀山人を三国志風にもじった名前であることは一目瞭然。
…ただし、肝心のこの句の意味がよくわかりません。
どなたかわかる人いませんか??
■ヒイの関西弁が可愛らしいです。
口語らしい江戸時代の女性の関西弁を目にすることって珍しい気がします(人形浄瑠璃は上方芸能の色彩が濃いので、今でも義太夫さんの声を通して耳にできますが)。
いかがでしたか?
『風俗三國志』を読んでいると、三国志な要素がアチコチにさり気なく隠されていて、それらを謎解き、宝探しのようにもてあそぶのが結構楽しかったりします。
次回は第2章「董卓起兵入洛陽」です。